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M&AでICT・AI導入は評価されるのか?買手が見る介護事業の“企業価値”の考え方

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はじめに

M&Aにおいては、売上や利益といった決算書上の数字が重視されるのは言うまでもありません。実際、売却価格はこれらの財務情報をベースに算定されるケースが一般的です。

 

一方で、買手の視点に立つと、数字だけで譲受の意思決定が完結することはほとんどありません。「この事業を引き継いだあとも問題なく運営できるか」という観点から、現場の運営体制や人材の状況といった、財務帳票には表れない部分も含めて総合的に判断しています。

本コラムでは、買手が重視するポイントの中でも、近年注目されているICT・AIの活用にフォーカスし、これらが評価に与える影響を整理します。あくまで一例ではありますが、「なぜその点が見られているのか」という背景も含めて理解することで、企業価値の捉え方をより立体的に把握していただければと思います。

M&Aにおける「企業価値」とは何か

この企業価値を算定する方法は大きく3つに分類されます。

  • コストアプローチ 
    純資産をベースに評価する方法(時価純資産+のれん方式など)
  • マーケットアプローチ
    類似会社や市場の取引価格を参考にする方法(類似会社比準方式など)
  • インカムアプローチ
    将来の収益力をもとに評価する方法(DCF法など)

この中でも、介護事業のM&Aでは、実務上は収益力をベースにした考え方が重視されることが多く、

  • EBITDA(営業利益+減価償却費) 
    どれだけ収益力があるかを示す指標です。会社の“実力ベースの収益力”を見るために使われます。
  • マルチプル(倍率)
    その収益に対して「何年分の価値を見込むか」という考え方です。将来性や安定性に応じて、何倍をかけるかが変わります。

というシンプルな枠組みで捉えられることが一般的です。つまり、この2つを掛け合わせること「どれだけ利益が出ているか」×「その利益に対してどの程度の評価がつくか」で企業価値の目安が算定されます。

このマルチプル(倍率)は一律ではなく、

  • 事業の規模
  • 収益の安定性
  • 将来の成長性
  • 市場環境やエリア特性

といった要素を踏まえて個別に判断されます。(後ほど詳細に解説します)

例えば、同じ利益水準の事業所であっても、規模が大きく安定した運営ができている場合には高い倍率がつきやすくなります。一方で、規模が小さい場合や収益の変動が大きい場合には、評価は慎重になり、倍率が抑えられる傾向があります。

また、企業価値の算定においては、時価純資産+のれん方式や類似会社比準方式といった手法も用いられますが、最終的には「その事業が将来どれだけ価値を生み出せるか」という観点に集約されます。

いずれにしても、売却価格を考えるうえでの出発点はあくまで収益力です。そのうえで、どれだけ安定して継続できるか、どのような成長余地があるかといった点が評価に反映されていきます。

M&Aで買手はどこを見ているのか

M&Aにおいて、決算書上の数字はもちろん重要です。しかし、数字だけで意思決定が行われることはほとんどありません。買手側が見ているのは、「この事業を引き継いで本当に回るのか」「引き継いだ後に職員が退職してしまわないか」という点もみています。

特に介護事業は“人に依存する事業”であるため、

人材が安定しているか
無理のない体制で運営できているか

といった観点が重要になります。

実際にチェックされる主なポイントは以下の通りです。

  • 売上・利益は安定しているか
  • 稼働率や利用者数は落ちていないか
  • 人材の確保状況と離職率
  • 業務フローの標準化・マニュアル化の有無
  • 経営者や特定職員への依存度
  • 法令遵守や運営体制の健全性

これらは売手側へのヒアリングで必ずと言っていいほど確認される項目です。この中で差が出るのが“直接的に企業価値(価格)で表すことができない部分”です。

例えば

業務が特定の職員に依存している
マニュアルがなく、やり方が人によって違う
常に人手不足で回している

といった状況は、決算書からは見えてきません。しかし買手側の立場からすると、「キーマンとなる職員が退職した場合に他の職員も退職してしまわないか」「自分たちが引き継いで本当に運営できるのか」といった懸念がリスクとして捉えられてしまいます。

そのため、これらは企業価値を直接押し下げるものではないものの、譲受を判断するうえで心理的なハードルを上げる要因になるといえます。

逆に、

業務が標準化されている
誰でも一定の水準で運営できる
人材が安定的に定着している

といった状態であれば、「誰が運営しても一定の品質を担保できる体制」がポジティブな印象につながり、スムーズな意思決定を後押しします。

介護事業の売却価格(相場)に影響するポイント

介護事業の売却価格に影響する要素

冒頭で記載の通り、売却価格は「利益×倍率」で決まりますが、この倍率は案件ごとに異なります。主に以下の点が評価に影響します。

  • 事業規模(拠点数・売上)
    ⇒稼働率が安定しているか、一定の規模で継続的に運営できているか
  • 利益の安定性(過去の推移)
    ⇒利用者構成に偏りがなく、収益が特定の要因に依存していないか
  • 加算の取得状況や収益構造
    ⇒特定の加算に過度に依存せず、持続的に収益を確保できる構造になっているか
  • エリア特性(需要・競合)
    ⇒地域における需要が安定しているか、競合とのバランスはどうか

これらの点は、利益の“質”として見られます。

また、直近だけでなく、「この利益が今後も維持できるのか」という視点で評価されるため、一時的な利益なのか、継続性のある利益なのかも重要です。いずれにしても、まずは現状の利益水準とその推移を整理することが出発点になります。

ICT・AI活用は企業価値にどう影響するのか

近年、ICT・AIの活用も「業務がどれだけ仕組み化されているか」を判断する材料として見られるケースが増えています。ただし先述の通り、売却価格のベースはあくまで収益力であるため、ICT・AIの導入は、売却価格を直接押し上げる要因ではありませんが、近年では「導入されていて当然」と見られるケースも増えており、評価を落とさないための前提条件になりつつあります。

~ICT・AI活用の具体例~

見守りセンサーやインカムの導入は、現場の効率化に寄与する代表的なICT活用です。利用者の状態をセンサーで把握することで巡回業務の負担を軽減できるほか、インカムを活用することで職員間の連携がスムーズになり、少人数でも対応しやすい体制を構築することができます。

記録業務では音声入力をAIが自動で文章生成することで、これまで時間のかかっていた記録作成を短縮することができます。特に介護記録は日々発生する業務であるため、ここが効率化されるだけでも現場の負担は大きく変わります。

また、ケアプランの作成においてもICT・AIの活用が進みつつあります。利用者の状態や過去のデータをもとに、叩き台となるプランを自動生成することで、作成にかかる時間を短縮し、ケアマネジャーの業務負担軽減につながります。

これまで紙で対応していた利用者への請求書や各種書類の送付についても、ICT化によって電子化が進むことで、郵送対応そのものが不要になるケースも増えています。これにより、郵送費といった直接的なコストの削減に加え、封入作業や発送業務にかかっていた人手や時間の削減にもつながります。

電話連絡の場合、「タイミングが合わずつながらない」「折り返し対応が発生する」といった手間が生じることも少なくありません。連絡事項をオンラインでやり取りすることで、時間に縛られずに情報共有ができるようになり、やり取りの負担軽減にもつながります。

情報共有のスピードと質が向上し職員側の業務効率だけでなく、ご家族にとってもストレスの少ないコミュニケーションが結果としてサービス満足度の向上にもつながります。

職員の勤務希望やスキル、配置基準などを踏まえて自動でシフトを作成することで、管理者の業務負担を軽減しながら、無理のない人員配置が可能になります。

経営面では、複数拠点を運営している事業者の場合に、ICTの効果が顕著に表れます。稼働率や売上、利用者数といった指標をリアルタイムで把握できることで、迅速な意思決定や課題の早期発見が可能になります。

ICT・AI活用が買手に与える印象

例えば、記録業務やシフト作成、請求業務といった日常業務が整理され、スムーズに回っている状態であれば、単に効率が良いというだけでなく、「現場の負担が軽そうだ」「特定の人に依存していなさそうだ」といった印象につながります。

また、データがきちんと整理されていたり、業務フローが可視化されていたりすると、「どのように運営されているのか」が外から見ても分かりやすくなり、引き継ぎ後のイメージが持ちやすくなります。

さらに買手側では、すでに自社でICT化が進んでいるケースが多いため、引継ぎ後にゼロからシステム導入や運用体制を整えるとなると時間・コストがかかり、一時的にオペレーションが不安定になる可能性も考えられます。もちろん、それが大きな障壁になるわけではありませんが、「できればこのままスムーズに統合したい」というのが本音でしょう。

こうした点は決算書には表れませんが、「この事業なら引き継いでも問題なく運営できそうだ」と判断してもらえるかどうかに直結する要素の1つといえます。

「無理なく回る体制」が本質

ここで重要なのは、ICTやAIの導入そのものではなく、「業務が整理され、無理なく運営できているか」という点です。規模によっては、必ずしも高度なシステムが必要とは限りません。「引継ぎやすさ」が買手にとっての安心材料になります。

企業価値向上は日々の経営の延長線上にある

企業価値の向上は「売却のため」ではない

「企業価値を上げる」と聞くと、どうしてもM&Aや売却を前提とした話に感じられるかもしれませんが、本来企業価値の向上は特定の出口を見据えたものではなく、日々の経営そのものに直結する考え方です。

結果として、そうした積み重ねが「企業価値が高い状態」をつくっていく、という捉え方のほうがイメージに近いといえます。

現場を整えることが、結果的に企業価値につながる

例えば、業務の進め方が人によってバラバラだったり、特定の職員に業務が集中している状態は、多くの現場で見られます。しかしキーマンの退職や休職があった瞬間に一気にバランスが崩れるリスクを抱えています。

一方で、「整えた方がいい」と分かっていても、実際にはそこまで手が回らないというのが現実です。人手不足の中で日々の業務を回すことが優先になり、仕組みづくりや標準化に着手できないという事業者様も多いと思われます。

そのため、最初から完璧を目指すのではなく、影響が大きい業務の中でも、まずは一部で試せるところから着手することが現実的です。例えば、日々必ず発生する記録業務や、特定の人しか対応できない業務など、負担が偏りやすい領域から見直していくケースが考えられます。いきなりすべてを変えようとすると現場の負担が大きくなり、かえって混乱を招くこともあります。

こうした小さな取り組みを積み重ねていくことで、現場に無理なく馴染み、「誰が対応してもある程度回る状態」に近づいていきます。その状態ができてくると、人員の入れ替わりがあっても現場が崩れにくくなり、安定した運営につながります。その結果、残業の抑制や離職の防止にもつながり、コスト面・収益面にも徐々に好影響が生まれます。

さらに、この状態ができているかどうかは、将来的に拠点を増やす場面でも大きな差になります。既存の運営が整理されていれば横展開しやすくなりますが、属人化した状態では拠点が増えるほど管理が難しくなり、成長のブレーキになることもあります。

なお、本コラムでは、M&Aにおける買手の意思決定の判断材料の一例としてICT・AIの活用を取り上げましたが、こうした取り組みと同様に、人事評価制度の整備や役割分担の明確化なども、現場の安定や人材定着につながる重要な要素です。企業価値は一つの施策で高まるものではなく、日々の取り組みの積み重ねの延長線上にあります。土台が整っている事業ほど、将来の選択肢において優位に立ちやすくなります。

さいごに

本コラムでは、介護事業における企業価値の考え方と、買手の視点について整理しました。

売却価格は収益力がベースになりますが、実際の意思決定では「引継いだあとも問題なく運営できるか」という視点も同じくらい重要です。そのため、現場の体制や人材の状況といった“見えない価値”も評価されています。

M&Aはあくまで選択肢の一つですが、日々の運営を整えることが結果的に「引継ぎやすい体制」をつくり、将来の選択肢を広げます。こうした観点は外部の視点を入れることで整理しやすくなるケースもあります。

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