
はじめに
訪問介護事業所では、ヘルパー不足や人件費・物価の上昇、介護報酬改定など、経営を取り巻く環境が厳しさを増しています。特に小規模な事業所では、利用者数や人員の変動が収益に直結しやすく、事業の継続に悩む経営者も少なくありません。
こうした中、事業を廃業するのではなく、第三者へ引き継ぐ「M&A(第三者承継)」が選択肢の一つとなっています。
M&Aによって、これまで築いてきた利用者との関係や地域での事業基盤、従業員の雇用を次の担い手へ引き継げる可能性があります。
本コラムでは、訪問介護事業所を取り巻く経営環境を踏まえ、M&Aによる事業承継のメリットや流れ、検討する際のポイントについて解説します。
●このコラムのポイント
- 訪問介護業界では、人手不足や介護報酬改定による基本報酬の引き下げ、物価高などを背景に経営環境が悪化しており、倒産件数は過去最多を更新しています。
- 経営継続が難しくなる前にM&Aを検討することで、利用者へのサービス提供や従業員の雇用を維持しながら、事業を次世代へ引き継ぐ選択肢を持つことができます。
- 訪問介護事業のM&Aを成功させるためには、早期の準備に加え、介護業界に精通した信頼できる専門家を選定し、適切なプロセスで進めることが重要です。
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目次
訪問介護のM&Aが注目される背景
訪問介護の倒産が急増中、2025年に過去最多
東京商工リサーチの2025年「老人福祉・介護事業」の倒産調査では、介護事業者の倒産件数が過去最多の176件を更新し、2年連続で最多を更新しました。
倒産件数が最も多かったのが訪問介護の91件で、過去最多を記録しました。倒産の原因はさまざまですが、要因の一つとしてヘルパーの高齢化による人員不足や基本報酬のマイナス改定があげられています。倒産した事業者の内訳をみると小規模の事業者が大半ですが、中規模事業者の倒産も増えてきています。
特に訪問介護は、利用者の自宅を訪問してサービスを提供するという事業特性上、一定数のヘルパーを確保できなければ、利用者を受け入れることができません。人材を確保できないことで新規利用者を受け入れられず、既存利用者へのサービス提供にも影響が生じれば、収益の減少と人材不足がさらに進むという悪循環につながる可能性があります。
こうした状況から、「事業を続けたいものの、自社だけで経営を継続することが難しい」という場合に、第三者への事業承継を検討するケースがあります。
出典:2025年「老人福祉・介護事業」の倒産調査|株式会社東京商工リサーチ
訪問介護運営における課題
ヘルパー不足や人件費上昇が経営を圧迫
訪問介護では、ヘルパーの確保が事業継続の重要なポイントとなります。
採用競争が激しくなる中、人材を確保するためには給与や待遇の改善が必要です。一方で、収益が十分に確保できなければ、人件費を増やすことも容易ではありません。
また、移動時間や交通費など、訪問介護特有のコストもあります。利用者宅への移動距離が長い地域では、効率的なサービス提供が難しくなる場合もあります。
介護報酬改定による収益環境の変化
2024年(令和6年)度介護報酬改定では、訪問介護の基本報酬がおおむね2%強引き下げられました。引き下げの理由として、厚生労働省は、介護事業経営実態調査における訪問介護の収支差率が他サービスと比較して高かったことなどを基本報酬見直しの背景として説明しています。一方、一本化された介護職員等処遇改善加算については、訪問介護に高い加算率が設定されました。
もちろん、加算の取得や業務効率化などによって収益改善を図ることは可能ですが、人材不足などの課題を抱える事業所にとって、こうした取り組みを進めること自体が負担となる場合もあります。
出典:令和6年度介護報酬改定における改定事項について|厚生労働省
訪問介護事業所のM&Aとは?
M&Aとは、企業や事業を第三者へ譲渡・承継することを指します。
訪問介護事業所の場合、法人そのものを譲渡する「株式譲渡」や、訪問介護事業を切り出して譲渡する「事業譲渡」などの方法があります。
たとえば、複数の介護サービスを運営している法人が訪問介護事業だけを譲渡し、他の事業は引き続き自社で運営するといった方法も考えられます。
M&Aは、必ずしも「倒産寸前の事業者が行うもの」ではありません。「後継者がいない」「経営から退きたい」「今後の事業運営に不安がある」「従業員や利用者を守りながら事業を続けたい」など、さまざまな理由からM&Aが検討されています。
廃業・倒産とM&Aの違い
事業を継続できなくなった場合、廃業や倒産という選択肢があります。廃業では事業を終了するため、利用者は新たなサービス提供先を探す必要があり、従業員も転職先を探すことになります。
一方、M&Aでは、譲受側が事業を引き継ぐことで、利用者へのサービスや従業員の雇用を継続できる可能性があります。また、これまで築いてきた地域との関係や取引先、事業のノウハウなどを次の担い手につなげられる点も、M&Aの特徴です。
ただし、譲受先の経営方針や条件などを踏まえ、適切な相手を探すことが重要です。
訪問介護事業所のM&Aのメリット
利用者へのサービスを継続できる
M&Aによって事業を引き継ぐことができれば、これまで利用していた方へのサービス提供を継続できる可能性があります。
訪問介護では、利用者とヘルパーとの信頼関係が重要です。事業所が変わることで利用者に大きな負担をかけることを避けるためにも、事業をそのまま次の担い手につなぐことには意義があります。
従業員の雇用を引き継げる
事業を廃業すると、従業員は新たな勤務先を探す必要があります。
M&Aで事業が継続されれば、譲受側の方針や条件にもよりますが、従業員の雇用を引き継げる可能性があります。
人材不足が深刻な訪問介護業界において、経験のあるヘルパーやサービス提供責任者などの人材を引き継げることは、譲渡先側にとってもメリットとなります。
地域で築いてきた事業基盤を次の担い手につなげられる
訪問介護事業所は、利用者や家族、ケアマネジャー、地域の医療・介護関係者などとの関係を築きながら事業を運営しています。
M&Aによって事業を引き継ぐことで、こうした地域で築いてきたつながりやノウハウを次の担い手につなげられる可能性があります。
譲渡対価を得られる可能性がある
M&Aでは、事業や株式の価値に応じて譲渡対価を受け取れる可能性があります。
廃業の場合には、設備の処分費用や原状回復費用などが発生することがありますが、M&Aでは事業そのものの価値を評価してもらうことができます。
ただし、譲渡価格は財務状況や利用者数、従業員、収益性、地域性などさまざまな要素によって決まるため、すべての事業所で譲渡対価が得られるとは限りません。
経営者が事業から離れる選択肢を持てる
M&Aによって事業を第三者へ引き継ぐことで、経営者が経営から退くことも可能です。
「そろそろ引退したいけど、従業員や利用者のことを考えると廃業できない」という場合にも、M&Aは一つの選択肢となります。
訪問介護のM&Aで確認しておきたいポイント
利用者・従業員をどのように引き継ぐか
訪問介護のM&Aでは、譲渡価格だけでなく、利用者や従業員をどのように引き継ぐかが重要です。
特に、サービス提供責任者や経験豊富なヘルパーなど、事業運営に欠かせない人材が継続して勤務できるかどうかは、M&A後の事業継続にも影響します。
事業の価値を客観的に把握する
M&Aを検討する際には、自社の事業にどの程度の価値があるのかを客観的に把握することが重要です。
事業価値は、財務状況だけでなく、利用者数、従業員、サービス提供体制、地域での実績、将来性なども含めて事業価値を確認します。現在の収益だけではなく、譲受側が持つ人材・ノウハウ・他事業とのシナジーによって、事業を成長させられる可能性が評価されるケースもあります。
譲渡先の経営方針を確認する
M&Aでは、どのような相手に事業を引き継ぐかはとても重要です。
譲渡先によって、M&A後の事業運営や従業員の待遇、利用者へのサービス提供方針などが変わる可能性があるためです。そのため、「いくらで売れるか」だけではなく、「誰に引き継ぐのか」「どのような形で事業を残したいのか」という視点で相手を検討することが大切です。
M&Aの検討は早めに
M&Aは、相談したからといってすぐに譲渡できるものではありません。
譲渡先候補の探索、条件交渉、財務・法務などの調査、契約締結など、一般的には半年から1年の期間が必要になります。
また、経営状況が悪化してからでは、選択できる譲渡先や条件が限られる可能性があります。「今すぐM&Aをする」と決めていなくても、将来的な選択肢として早めに事業価値や経営状況を確認しておくことが重要です。
訪問介護M&Aの流れ
M&A仲介会社に依頼する場合、一般的には以下のような流れで進みます。
1.相談・現状確認
まずは、M&Aを検討する背景や経営状況、事業承継に対する希望などを確認します。「事業を残したい」「従業員の雇用を守りたい」「経営から退きたい」など、経営者の希望を整理することから始めます。
2.事業価値の確認
決算書などの財務資料や事業の状況をもとに、事業・会社の価値を確認します。訪問介護の場合は、収益性だけでなく、利用者基盤や人員体制、地域性なども含めて総合的に検討します。
3.譲渡先候補探索
希望する条件などを整理したうえで、候補となる企業を探します。候補先への打診は、秘密保持に配慮しながら匿名の情報から始めることが一般的です。
4.面談・条件交渉
譲受候補先と面談を行い、経営方針や事業の将来像、従業員・利用者への対応などについて確認します。双方の希望をすり合わせながら、譲渡価格や条件について交渉を進めます。
5.デューデリジェンス
譲渡先が、財務・税務・法務・労務などの観点から事業や会社について詳しく調査します。調査結果を踏まえて、最終的な譲渡条件を決定します。
6.最終契約・譲渡実行
双方が条件に合意したら最終契約を締結し、契約内容に基づいて譲渡を実行します。M&A後は、必要に応じて経営の引継ぎや従業員・利用者への説明などを行います。
~ スムーズな承継のために ~
M&A仲介会社の選定を行う場合は、自分が心から信頼できる仲介会社を選ぶことが重要です。
近年、M&Aをめぐるトラブルが増加傾向にあります。契約内容の不備や情報開示の不十分さ、不適切な価格設定などにより、売手・買手双方が不利益を被るケースも少なくありません。こうしたトラブルを未然に防ぐためにも、仲介会社の実績や専門性、対応の丁寧さなどをしっかりと見極めることが不可欠です。仲介会社選定後は、希望条件等などを相談し細かく打ち合わせを行うことで、最良のM&Aの実現が近づきます。
M&A仲介会社選びのポイントはこちらのコラムで紹介しています
M&A仲介業者選びで防ぐM&Aトラブル
訪問介護のM&Aでよくある質問
Q.訪問介護事業所はどのくらいの規模からM&Aできますか?
事業規模だけでM&Aの可否が決まるわけではありません。利用者数や従業員数、営業エリア、収益状況などを踏まえて譲渡先が見つかる可能性がありますので、まずはお問い合わせください。
Q.M&Aをすると利用者やヘルパーはどうなりますか?
M&Aの方法や契約内容によって異なりますが、利用者へのサービス提供や従業員の雇用を継続する形で事業を引き継ぐことが可能です。特に訪問介護では、利用者との関係やヘルパーの雇用継続が重要なポイントになります。
Q.訪問介護事業だけをM&Aすることはできますか?
できます。複数の介護事業を運営している場合、訪問介護事業だけを切り離して譲渡する「事業譲渡」という方法があります。法人全体を譲渡する必要がないケースもあります。
Q.M&Aを検討するなら、いつ相談すればよいですか?
「廃業しようか迷っている」「後継者がいない」といった段階でも相談できます。しかしM&Aには譲渡先探しや条件交渉などに時間がかかるため、経営が行き詰まる前に相談することをおすすめします。
さいごに
事業の継続が難しくなった場合、廃業や倒産だけが選択肢ではありません。M&Aによって第三者へ事業を引き継ぐことで、利用者へのサービスや従業員の雇用、地域で築いてきた事業基盤を次の担い手につなげられる可能性があります。
一方で、M&Aには一定の時間が必要であり、経営状況が悪化してからでは選択肢が限られる場合があります。そのため、「M&Aをするかどうか」をすぐに決めるのではなく、まずは自社の事業価値や経営状況を客観的に把握し、今後の選択肢を整理しておくことが大切です。
「まだM&Aを決めているわけではない」「自社の事業価値を知りたい」という段階でも問題ありません。将来の事業継続や承継を考えるための第一歩として、現在の事業の状況を把握しておくことが重要です。
事業の継続や承継についてお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
【M&A関連コラム】
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